2010年02月13日

出版業界研究本をつくろう〈第4回〉本の値段から考える

過去2回の解説で、出版業界の規模や現状がだいたいわかったのではないかと思います。でも、これをそのまま本にしても、ちっともおもしろくない!
そこで思い出してほしいのがQ1です(過去記事はこちら)。

Q1.あなた自身についてお聞きます。最終的な進路がどうなるかはわかりませんが、みなさんは出版社に興味をもっているはずです。でも、なかなか決断できない。その理由は何ですか? あるいは、もう出版社は受けないと決めた人は、なぜそう決めたのですか? 不安なところ、不満、疑問点、小さな心の引っかかり、何でもかまわないので、素直な気持ちでできるだけたくさんあげてください。

この質問は、本づくりを読者目線で考えてもらうために用意しました。以下、勉強会のレジュメからの引用です。



A1.読者目線で「本の目的(存在価値)」を考える

Q1の質問は、本の目的や本をつくる動機について考えてもらうために用意した。
今回は、みなさん自身がターゲット読者なので、みなさんがここであげた疑問点、不安な点に答えていなければ、この本は失格ということになる。読者が「ここが知りたい」と思っているのに、それが書いていなければ、「買わなきゃよかった! 損した!」と思って当然だからだ。

小説やエッセイなどとは違って、ビジネス書や実用書、ノウハウ本、資格本、語学書などの読者は、「あるテーマについて知りたい」「スキルを高めたい」「知識をビジネスに応用したい」「資格試験に合格したい」という「目的買い」がメインなので、作り手としては、どれだけ読者の気持ちになりきれるかで本の価値が決まる。
かゆいところに手が届く本になっていれば、読後の満足感は高くなり、同じ著者の別の本も買ってくれる可能性が高い。

言ってみれば当たり前の話なのだが、実は、この「本の目的」とか「存在価値」を意識せずにつくられた本が世間には多いのではないかと感じる。
著者が言いたいこと、知っていることだけを本にすると、こういう本になりがちだ。著者はその道のプロではあっても、読者のことを知っているわけではないからだ。
(例外は予備校や資格学校、セミナー講師など「人に教えること」を仕事にしている人。彼らは読者を知り抜いている)

その意味で、「著者のもっている知識」と「読者が知りたいこと」のギャップを埋めるのが編集という仕事だと思う。けっして著者の言いなりではないし、単なる仲介者でもない。
編集者(企画者)は、読者になりかわって、読者目線で「この本に入れる情報」と「いらない情報」を取捨選択する。「人に喜んでもらいたい」「人を驚かせたい」というサービス精神旺盛な人は編集者向きだと思う。

今回は、私なりに読者(みなさん)が不安に思うところを想像して、2つにしぼって説明したい。

1.出版は構造不況業種で先がないのではないか?

これについては、A2やA3で見てきた。
少子化や人口減少社会という大前提に立てば、出版業界の未来は必ずしも明るくない。事実、市場規模は縮小傾向にあるし、日本語を扱うビジネスである以上、海外展開はあまり望めない。しかし、これは出版業界固有の問題ではなく、おおかたの成熟産業が通過してきた道でもある。

出版業界は「再販売価格維持制度=再販制度」によって長らく無風状態が続いてきたので、今、ようやく競争がはじまったところなのだ。そう考えれば、出版不況は単なる不況ではなく、業界の地殻変動=構造改革だという見方もできる。この激動期を乗り越えれば、勝ち組に名乗りをあげることができるかもしれない。

また、激動期は本来ビジネスチャンスでもある。安定志向の人には向かないが、チャレンジしたい人にはもってこいである。記事をすべて広告にして急成長を遂げたリクルートのような、大胆な発想の転換がこの業界には求められている。

2.とにかく規模が小さい!
  東証一部上場企業に行く友人と比べて、キャリア展望が描けない!


出版業界、あるいは個々の出版社はたしかに規模が小さいことは否めない。最大手の講談社でさえ従業員は1000名ほど。学習研究社1100名、小学館800名、集英社700名、新潮社500名、文藝春秋400名。上場企業の角川グループHDも連結ベースでは2100名になるが、角川書店単体では400名ほどである。これでは新卒採用が若干名となるのもいたしかたない。

しかし、小さいことははたして悪いことなのか。それを今から考えてみたい。

出版社の収益構造はどうなっているのか。雑誌は広告収入があって複雑なので、ここでは書籍の値段で考えてみたい。

出版社の収益構造01.jpg

本の売上は出版社と取次、書店の三者で分け合っている。通常、この割合はおおよそ「出版社70:取次8:書店22」である。
出版社の取り分70%のうち、著者に支払う印税が10%、紙代や印刷・製本代、デザインやDTP料金など、本をつくるのにかかるコスト(製造原価)がだいたい30%、新聞広告や倉庫代・物流費など、本を売るのにかかるコスト(販売費)が10%、事務所の家賃や光熱費、事務職の人件費などの管理費が10%、残りの10%程度が出版社の利益となる。

※これらの数字にツッコミを入れたい人も多いかもしれません。数字が1%変わるだけで利益がまったく違ってくるし、実際、老舗以外の出版社はこんなに取り分が多くありません。そこらへんの事情は、ディスカヴァー社長の干場弓子さんのブログにくわしいので、そちらを見てください。ただ、ここでは学生相手にだいたいの枠組みを説明するという前提で、「わかりやすい数字」を使います。

しかし、これは返品率が0%の場合の数字である。返品率が25%になると、利益分が吹っ飛んで赤字に転落。さらに返品率が50%になると、利益どころか出すだけ損で、はじめから出さないほうがよかったという話になる。
(ただし、これは単品管理の話。実際は本によって売れ行きがまったく異なるため、全体として何とか利益を確保する。とはいえ、返品率が高止まりしている状態は出版各社にとっても重荷となっており、製造原価はもとより販管費についてもコスト削減努力を積み重ねている)

本の製造原価は初版と重版では15%くらい違う。印刷をするためのフィルム(製版)は1回つくれば後は刷るだけだし、デザインやDTP、イラスト料金なども初版時にしかかからない。「重版がかかってはじめて出版社の儲けになる」というのは、そういうことである。

今度は金額ベースで見てみよう。

出版社の収益構造02.jpg

本体価格1500円で初版6000部の本を売り出し、返品率が0%の場合、売上合計は900万円になる。出版社の取り分は7割の630万円。そこから著者に1割の90万円を支払い、さまざまなコストを支払って、手元に残る利益は90万円である。
同じ条件で返品率が50%になると、最終的な損失は225万円。なかなか厳しいものがある。

続いて、6000部の初版がさばけたので、2000部ずつ2回重版をかけ、累計1万部となったケースを見てみよう。市場在庫の状況を見きわめながら効果的なタイミングで重版をかけたため、返品率が0%となったとすると、出版社の取り分は1050万円、純利益は260万円となる。



ここで、参考までに製造原価の内訳を見ておきます(なぜって? それは私が出版社から外注されるフリーランスの立場だから、笑)。外注費については、出版ネッツ料金プロジェクト「出版社に関わるフリーランスの実態調査報告」を参考にしました。

製造原価にかかわるコストは以下の通り。

1.製造関係

・紙代、印刷代、製本代は変動費で全体の15〜20%程度
・製版代は初版時にだけかかる

2.外注費(アウトソーシングした場合)

◎デザイナー、DTPオペレーター、イラストレーター
・カバーデザイン(装丁):5万〜12万円程度
・本文デザイン&DTP:デザインのみ発注の場合は数万円
 DTP込みでページ単価(1色)1000〜2000円
 グロス(200ページ)で20万〜40万円くらい?
・本文イラスト:1点3000〜1万円程度(大きさや色によって変わる)
 グロスで5万〜10万円くらい???

※イラストを含めてすべて受注できるデザイン事務所には、上記をすべてまとめて50万〜60万円で発注するケースも多いと思います。

◎校正料金
・初校&再校セットで、1字=0.4〜0.9円程度
 1ページ600字×200ページとすると、5万〜10万円くらい

◎ライター&編集関連
・原稿料(買い切りの場合):400字あたり2000〜5000円程度
 ただい、1冊丸ごと買い切りにされるケースはあまりない(私の経験から)
・執筆&リライト印税:著者との案分
 書いた分量や作業量などによって案分率は変わる
 著者にインタビューしてすべて執筆する場合、5:5がスマートだと思う
・編集料:30万〜80万円くらい(私の経験から)
 どの段階からかかわるか(企画立案から、原稿整理から、ゲラのみなど)、
 作業の難易度(レイアウトの複雑な本、図版が多い本、分厚い本など)、
 また、発注元の予算によっても違ってくる。

3.その他固定費

◎社内の編集担当者の人件費(ボーナスは約5カ月分として計算)
・年収400万円(月収23万円)の編集者が年間10冊つくる場合、
 1冊当たり40万円の人件費が加算される
・年収500万円(月収30万円)の編集者が年間10冊つくる場合
 1冊当たり50万円の人件費が加算される
・年収700万円(月収40万円)の編集者が年間10冊つくる場合
 1冊当たり70万円の人件費が加算される
・年収850万円(月収50万円)の編集者が年間10冊つくる場合、
 1冊当たり85万円の人件費が加算される
・年収1000万円(月収60万円)の編集者が年間10冊つくる場合、
 1冊当たり100万円の人件費が加算される。

最後のは完全にオマケですね(笑)。要するに、社員編集者は「(製造原価以外に)少なくともこれをペイしないと、自分の給料分を稼いだことにならない!」という数字です。
こういう数字を意識するのとしないのとでは、社会人になってから、ずいぶん違うのではないかと思います。



ところで、なぜこんな数字をとりあげたのか。それは、本1冊あたりのビジネスの大きさを知ってほしかったからである。
本体価格1000円の本を1万部売って1000万円、ベストセラーといわれる5万部を売っても5000万円のビジネスである。10万部売ってようやく1億円の大台に達する。年間わずか数冊しかないミリオンセラーで10億円。
現在、毎年7万7000冊の新刊(新製品)が世に出ているが、その大半は1万部に届かない。要するに、ビジネスの規模がものすごく小さいのである。

たとえば、クルマは100万〜200万円クラスの新車が毎月数1000台売れる。これだけで数10億〜数100億円のビジネスである。
1つの製品がこれだけの規模になると、かかわる人数も当然多くなる。企画、マーケティング、設計、開発、製造、販売、プロモーションなど、ありとあらゆる分野の人が携わり、力を結集して1つの製品を生み出していく。

では、本の場合はどうだろうか。
たかだか1000万円のビジネスに、会社はそれほど人員を割けない。しかも、印刷や製本などの製造工程はもともと外注することになっているから、社内で新刊に携わるのは、編集担当と編集長(いちおう内容をチェックすることになっている)、制作担当(会社によっては編集者が兼務する場合も)、デザイン担当(外注することも多い)、営業担当(本ごとに担当をつけない会社も多い)くらいである。
つまり、わずか数人で新製品を開発し、世に送り出している。内容面に限れば、実質的に編集者がほとんど1人で切り盛りするのが、本の世界である。

【出版社のここが楽しい!1】1人あたりの裁量が大きい

かかわる人間の数が少なければ、1人あたりの裁量はそれだけ大きくなる。
編集者は取材をし、企画を立て、著者に依頼し、あがってきた原稿を整理し、場合によっては自分でリライトを加える。デザイナーやイラストレーター、校正者に発注し、自分でゲラを読み、著者や校正者の赤字もチェックし、できた本のプロモーションまで手がける。何でも屋である。
そのことにやりがいを感じるか、負担と思うかは人それぞれだが、おもしろいと思えばこれほどおもしろい商売はない。

【出版社のここが楽しい!2】次々と新製品を世に問える

ビジネスサイクルが短いということも、本づくりの魅力である。1人の編集者は年間6冊〜15冊くらいの新刊を担当する。つまり、自分の裁量で1年間に10前後の新製品をつくり、市場に問うことができるのだ。
世の中のたいていの製品は数年ごとに入れ替わることを考えると、年間10もの新製品づくりを1人で切り盛りできる編集という仕事の魅力がわかってもらえるだろうか。

【出版社のここが楽しい!3】失敗したときのリスクが小さい

それだけ回転の早いビジネスなので、ライバルの数も多い。1年間に出る新刊の数が7万7000冊ということは、毎日210冊の新刊が出ている計算である。コンビニに置いてある商品点数が2500〜5000個と聞けば、新刊書の多さが実感できるだろう。
それだけある新刊の中で、売れる本を出すのは至難の業だが、失敗したときのリスクが小さいのも、この仕事の特徴である。
なにしろ数百万〜1000万円の規模である。仮に失敗しても、損失はわずか数100万円。いきなり倒産するほどの金額ではない。(経営者は別として)あまりリスクを気にせずに、市場で思う存分勝負できるのが、出版という仕事である。

【出版社のここが楽しい!4】つねにお金の出し手である

出版社は、本をつくるプロセスにおいては、つねにお金の出し手であることも覚えておくといいだろう。著者にしろ、外部のデザイナー、ライター、編集者にしろ、印刷・製本会社にしろ、お金を出すのは出版社である。お金の川上(発注者)と川下(受注者)のどちらが気持ちよく仕事がしやすいかは、ちょっと想像すればわかるだろう。

【出版社のここが楽しい!5】大手に限定しなければ就職はできる

規模の小さな出版社では、キャリアパスが思い描けないという人には、出版業界の人材流動性の高さを紹介しておこう。

大手出版社の採用枠が若干名という現状では、就活でそこだけにしぼるリスクはたしかに高い。しかし、従業員が数10名〜100名くらいの中堅出版社の数は多い(出版社の数はおよそ4000社弱。そのうち、上位500社で市場全体の9割をカバーしている。たとえば、『出版年鑑2009』のこの数字を参照のこと)。
これだけ数が多いのだから、めげずにトライし続ければ、どこかに引っかかる可能性もまた高いのだ。

【出版社のここが楽しい!6】転職でステップアップするのが常識

そんな小さな会社に入るなんて、と思う人も多いだろう。大学の友人たちが就職していく会社とあまりにも規模が違うので不安になるのもしかたない。でも、出版社に入るときは、「就社」するのではなく「就職」するのだと割り切ろう。

先ほど述べたように、編集は何でも屋なので、何年か仕事をしていれば、非常に広い範囲のスキルが同時に身につく。しかも、専門性が高いので、誰もができるわけではない。
また、出版社は小さな会社が多いので、大卒社員を一から育てるよりも、即戦力の中途採用を好む傾向がある。勤めている側も、小さな出版社で一生を終えようと考えている人は少数派で、どんどん出ていく。
転職がマイナスにならず、プラスになる数少ない業界の1つなのである。

新卒で大手出版社に入った人は別として、そうでなかった残りの大多数の人たちは、同じ会社の中で昇進していくというよりも、小さな出版社から中堅出版社へ、さらにステップアップして大手出版社へ行くのが、この業界の正しいキャリアの描き方である。給料も当然上がっていく。

出版社にとっては離職率の高さが悩みの1つなのだが、そういう心配は経営者にまかせておいて(ごめんなさい)、みなさんは自分のスキルをみがき、能力を高めることに集中しよう。実績を積み上げ、相手に「ほしい」と思われる力をつければ、この業界で食いっぱぐれることはないはずだ。転職先も山ほどあるし、フリーランスで生きている人もたくさんいる。この私もそうである。

posted by tanayuki at 21:57| Comment(0) | 出版業界研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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